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毎月、新潟大学鷲見ゼミ生の投票によって選んだ本の感想・ゼミ活動などを更新していきます。
 
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波乱の時代(上)
波乱の時代(上) (JUGEMレビュー »)
アラン グリーンスパン
4月の読書本

本書は私たちが普段から多数の意見を集約する際に用いている多数決という集約ルールが本当に多数側の意見を尊重するのかを疑うことから始まり、多数決が持つ弱点を他のいくつかの集約ルールと比較しながら紹介していた。私たちは日常の小さな決め事から選挙まで多数の意見から多数派の意見を見付けるために多数決を用いているが、多数決で選ばれた結果が必ずしも多数派を代表するものではないことが分かり、現行の制度で私たちの多数派の意見が本当に社会に反映されているのかを考えなければならないと感じた。 (K・T)

 

本書は「文化的奇習」とも言える多数決の欠点を私たちに認識させ、いくつかの集約ルールを代替案として提示する。意見を集約し総意を決定する最適な方法は多数決しかないという「慣れ」に陥っていた私にとっては、トピック11つが新鮮で新たな視点を与えてくれると同時に、自分の意見を反映する手法に対する無知を反省する材料にもなった。ケースバイケースでどの規準を重視するかで集約ルールを決定するべきであり、安易に多数決を選択するべきではないというのが重要な示唆の1つであろう。また、5章にあるように一見民主的な制度が構築されていても実は人々の意見を組み込めていないという落とし穴も衝撃的であった。今後は選挙でどの政策を選ぶかだけでなく、その選挙制度自体にも疑いの目を持っていきたい。 (Y・H)

 

本著は、様々な多数決の手法とそれらの性質、多数決がなぜ、社会的に受容されるか、多数決はどのように考えられるべきかということに主眼を置く。用いる多数決の手法によって、採択される選択は真逆のものになるなど、『多数決』の揺らぎを学術的に学ぶことができたことが、本著を読んでの成果であったと思う。また、いかにこれまでの人生での「多数決」がいい加減で思考停止な決定プロセスであったかも痛感させられた。

最後に、本著からは主に、多数決での投票者(構成員)は主に10人以上を想定していたように私の勝手なイメージとしてあるのだが、これから、ゼミ活動などで41グループとなり活動していくような場合には、つまり、厳密に直接民主制、全員是認型の意思決定を行っていく際にはどのように本著での考え方を活用していけばよいだろうか、または、少人数グループワークでは無用の長物なのだろうか。それは科学的ではないにしても、解き明かしたいものであると私は考える。 (T・Y)

 

この本は、多数決という私たちの社会で一般的に用いられる意見集約ルールについて問い直していく一冊となっている。他の意見集約ルールについて詳しく見ていくことで、多数決の脆弱性を感じた。私たちが国会、地方議員、首長を決める際や、国会で重要な法案を決める際には、多数決だけではなく、スコアリングルールやペア勝者などどの意見集約ルールで決めるかという議論も起こっていいのではないかと感じた。

この本は、鷲見先生の授業である「公共選択論」の推薦図書でもあったため、この本を読んだことによって、先生の授業についての理解が深まった。 (R・Y)

 

本書は、多数決は本当に国民の意思を反映しているのか、人々の意思を集約できる選び方について様々な方法を述べている。自分は今まで何かを決定する際には多数決を使ってきた。そのため、多数決が本当に妥当な方法なのか考えたことがなかった。多数決を採用するのが一般的になっており、何も考えずに受け入れてしまっているなと思った。本書では、ボルダルールやスコアリングルール、コンドルセ・ヤングの最尤法など多数決に代わるルールが紹介されていた。投票結果がルールによって変わってしまうということには驚いた。どのルールが一番優れているという事ではなく、時と場合で選択することが必要なのだと思った。当たり前になっているような事にも、疑いの目を持ち、時には批判的に考えてみるのも必要かなと思った。公共選択論の授業で習った事にも通じる内容で、理解をより深めることができたと思う。 (Y・M)

 

『多数決という意思決定の方式は、(中略)他の方式と比べて優れているから採用されたわけではない。(中略)多数決を安易に採用するのは、思考停止というより、もはや文化的奇習の一種である。』と筆者は、第1章冒頭で述べている。確かに私たちは、何か物事を決めるとき、ほとんど何も考えずに多数決を採用しているのかもしれない。少なくとも私はそうだった。しかし、本書を読み多数決の不安定な部分を知り、他の意思決定の方式を学んだ。絶対的に有効な意思決定方法を見つけることは難しいと思うが、もし、重要な意思決定をする機会があれば、安易に多数決を採用せずに意思決定の方式を検討してみるようにしたい。 (T・O)

 

本書では、社会的選択理論の視点から、人々の意見をよりよく集約できる選び方について考えている。ボルダルールやペア勝者など、様々な集約ルールが挙げられている。それぞれの集約ルールによって、メリットやデメリットがあり、最も有効な集約ルールを見つけるのは、思ったよりも難しいのだなと思った。これまで、私たちは日常的に「多数決」を最も利用しており、その結果にはほとんど疑いを持っていなかった。しかし、この本を読んで、多数決よりももっと有効な集約ルールがあることを知り、初めて多数決を疑った。これからは、何かを決定しなければいけない状況にあったとき、多数決だけではなく、他の集約ルールでも考えてみようと思う。 (Y・N)

 

本著は日本で当たり前に行われている多数決が、選挙において本当に適しているのかを様々な多数決に代わる代替案を用いて検証している。わたしは選挙やほかの何か決めごとをするときには本著にも書いてあるように「思考停止というより、もはや文化的奇習」という言葉が表すのにふさわしく、多数決が1番公平な方法でふさわしいと思っていた。しかし、方法によって結果が変わるため、どの方法が意見を反映するのにふさわしいかよく考えるべきであり、そのためには多数決ではないいろいろな方法があることを知ることが大事だと感じた。 (T・K)

 

本書では、多数決は民意が反映されていないのではないかという議論から始まり、他に考案された様々な集約ルールが紹介、比較している。これまで生きてきて、多数決は民主主義的で非常に公平な集約ルールだと思い込んでいたが、実態は問題だらけで多数決で運営されている今の民主主義は思っていたよりも脆いということに気づかされた。選挙に起きて投票が多数決以外、例えばボルダルールで行われるようなことは難しそうだが、ゼミの中で、多数決には問題があり本当に正しいのか疑いの目で見なければならないことを学べたことは良い機会であった。 (N・Y)

 

民主主義を支える「多数決」について、批判的に考えるきっかけになった。多数決は、意思決定をする際の集約ルールの一つにすぎない。集約ルールには、他にボルダルールやコンドルセヤングの最尤法等があるが、あまりに無批判に多数決が乱用されている。困ったときの多数決頼みである。本当にこれでよいのだろうか。多数決は、わかりやすく便利なルールである反面、票の割れが発生したり、選択肢の設定に恣意性が介入したりする危険性をはらんでいる。こうした危険を度外視して、民主主義を実現するための手段として安易に多数決投票が選択されている現実を見過ごすわけにはいかなくなった。人々の意思を反映するための「決め方」の工夫は、あらゆる場面で必要になるであろうから、意思決定における集約方法の理論を学べたことの意義は大きい。 (S・S)

 

多数決などの集約ルールは、ルソーをはじめとし、ボルダやコンドルセの主要な考えに触れながら、集約ルールの紹介をし、それぞれのメリットやデメリットにも触れている。どの集約ルールを使うかによって結果は異なってくることなどから、本当に民意というものがあるのか。多数決というものは慣習化され、利用しているものは思考停止しているのではないかという筆者の考えに、確かに共感できるところがあった。

様々な集約ルールに触れることができ、また多数決というものが本当に良い選択肢なのかを考えさせられました。重要な決断する際に、多数決を取ることは、考えることを放棄しているのかもしれない。そういうことに気づかせてくれる一冊であった。 (K・S

 

本書では現代社会の意志集約方法として当たり前に用いられている多数決についてその方法は本当に人々の意志を適切に反映することができるのか、また多数決に代わるような集約ルールにはどのようなものがあるのかについて述べられている。多数決を当たり前のように使用していたので多数決は本当に意思を適切に反映しているのかといった疑問を持ったことがなくとても興味深い視点だった。また多数決以外の集約ルールについても全く知らなくてそれぞれの特徴やどのような場面でどの集約ルールを用いたほうがいいのか、この本で知ることができてとても良い機会となった。 (H・T)

 

 

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